経歴

尾崎三雄経歴

1902年11月 6日 山口県山口市(旧吉敷郡平川村)黒川の徳光家に生まれる
1920年 3月30日 18歳 山口県立農業学校卒業
1923年 4月20日 21歳 東京帝国大学農学部農業実科卒業
    5月 1日 農商務省農業練習生となる
   10月11日 農商務省農産課勤務
   12月28日 農商務省農作物病害虫駆除予防に関する事務取扱いを嘱託される
   12月28日 植物検査所門司支所勤務、植物検査事務を嘱託される
1927年 5月31日 25歳尾崎家へ養子に入る
    7月30日 農林技手となる
    7月30日 農林省農務局農産課勤務
1935年 7月23日 33歳アフガニスタン政府の招聘によりアフガニスタン行きの話あり
    8月 8日 契約締結内諾通知
8月23日 農林技師となり、農務局農産課勤務
8月24日 日本政府より正式許可
9月 7日 アフガニスタン政府と雇用契約
9月23日 東京を出発
11月 7日 アフガニスタン入国
1936年 9月29日~10月31日 34歳 ジャララバード紀行(第一回)
   11月23日~12月16日 ジャララバード紀行(第二回)
   12月27日~翌年2月13日 カンダハル紀行(第一回)
1937年 6月13日 35歳カンダハル紀行(第二回)
1938年 9月 6日 36歳アフガニスタン政府との雇用契約解消
9月 7日 水産局水産課兼農務局農産課勤務扱いとなる
    9月19日 アフガニスタン出発・インド、イラン、イラク、トルコ、ブルガリア、ユーゴスラビア、イタリア、スイス、 ドイツ、オランダ、ベルギー、フランス、イギリス、アメリカ各国の農業視察
1939年 2月 7日 37歳帰国
1941年 1月20日 39歳「アフガニスタン」国経済使節歓迎委員幹事
2月11日 農政局農産課勤務
2月18日 食糧増産技術中央本部員
    7月12日 海軍省事務兼海南警備府事務を嘱託され、海南島へ出張
1943年11月 1日 41歳農商技師となる
12月30日 陸軍技師となる
1944年 42歳 1月28日 農商技師兼任となり、農政局勤務
1~4月 南方視察
1945年 43歳 8月26日 農林技師兼任となる
1946年 44歳 3月25日 退官
3月26日 農業自営
1947年 45歳 10月20日 山口県農業協同組合設立諮問委員会委員
1948年 46歳 2月20日 小野村農業会資産処理委員
1948年 46歳 3月1日 小野村農業協同組合運営委員
5月13日 小野村食糧増産対策委員会委員
5月20日 小野村嘱託員集会常任委員
1月6日 小野村農業調整委員会選任委員
6月30日 山口県技術吏員となり、山口県庁経済部農業改良課長と山口県農業試験場長を兼務
1950年 48歳 8月1日 農業試験場職域給興委員会長
1952年 50歳 3月 山口県庁経済部農業改良課長を解任
1954年 52歳 3月1日 山口県農作物優良品種調査審議会委員
1956年 54歳 4月7日 昭和天皇行幸に際して山口県農業試験場を案内
1958年 56歳 6月17日 山口県「はえと蚊のいない生活」実践運動推進対策本部幹事
1959年 57歳 8月1日 山口県酪農経営改善推進本部員
9月1日 山口市建設審議会委員
10月20日 畑作病害虫対策本部員
10月24日 農業試験場防府分場(兼農業試験場長)
1960年 58歳 6月24日 山口県特産農業推進協議会委員(幹事)
10月1日 山口県農業協同組合中央会講師
1961年 59歳 10月 山口県農業試験場長を辞職農業自営
1985年 83歳 12月2日 死去

尾崎三雄関係年表